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[英語から日本語への翻訳依頼] 長い歴史と百姓のダイナミックな政治形態を持つ国家として、中国はこの点について多少は貢献するだろうか? 3番目の例は、「官僚的権威主義」や「従属的発展」とい...

この英語から日本語への翻訳依頼は oier9 さん tatsuoishimura さん yutaka5963 さん [削除済みユーザ] さん hiroyuqui38 さん mydogkuro11 さんの 6人の翻訳者によって翻訳され、合計 14件の翻訳が投稿されました。 依頼の原文の文字数は 5006文字 で、翻訳完了までにかかった時間は 9時間 56分 です。

conyacsanによる依頼 2013/05/20 02:07:31 閲覧 2295回
残り時間: 終了

The other significant step which is equally decisive for the institutionalization of
professional autonomy, and especially for the promotion of political study
scholarship, concerns “internal institutional building,” by which I mean the norms,
principles, and procedures that govern qualifications and assessments of human
resources, research projects, scholarly publications, and educational offers in the
study of Chinese politics. A perhaps superficial issue in this regard is about the
format and professionalism of research articles: in China there are still numerous
articles published in leading political science journals like Zhengzhixue that
lack any format for academic reference—in other words, no any footnotes.

yutaka5963
評価 52
翻訳 / 日本語
- 2013/05/20 10:13:25に投稿されました
専門性の自立を制度化する為、特に学術的政治研究の推進の為に、同じく決定的なもう一つの重要なステップは「内部的制度の確立」に関することである。すなわち、中国政治の研究において、人事に関する資格認定及び評価、研究プロジェクト、学術書の発行、教育的提言などを支配する、規範、原則及び手続きのことである。この点に関して、表面化していると思われる問題点は、研究論文の書式および専門性についてである。つまり、中国では、Zhengzhixueのような主要な政治科学誌の多くの記事には学問的典拠、言い換えれば、脚注が全く無いのである。
[削除済みユーザ]
評価 52
翻訳 / 日本語
- 2013/05/20 10:44:17に投稿されました
職業の自治、特に政治研究の促進のための制度化にとって同様に決定的に重要な他のステップは「内部制度の構築」であり、ここでは、中国政治研究における資格や人材、調査計画、学問的出版を支配し、教育を提供する、規則、原則と手続きを意味している。おそらくこの点に関しては研究事項の様式や職業意識は表面的なことである。中国においてはZhengzhixue のように様式や学問的参照を欠いた、つまり脚注の無い主要な政治科学ジャーナルが数多く出版されている。
mydogkuro11
評価 52
翻訳 / 日本語
- 2013/05/20 09:39:00に投稿されました
もう一つ重要であり、専門職的自律性の制度化、特に政治学研究の振興において同じくらい大きな決め手となるステップは、「内側からの制度づくり」、つまり人材、研究プロジェクト、学術論文、そして中国政治に関する学問教育などの品質・評価に影響を与える基準、原則、そして手順に関するものである。もしかすると、この件についての表面上の問題は、研究論文の形式と専門性にあるのかも知れない。中国では、膨大な数の論文がZhengzhixueのような業界トップの政治学ジャーナルで発表されているが、それらには学問的裏付けが欠けている。つまり、脚注が無いのだ。
★★★★★ 5.0/1

A scholar would not argue that this is a purely trivial problem, because
reference notes not only indicate the source of information and make arguments with
evidence, but they also ensure the continuation of intellectual development which
allows for the accumulation and progress of knowledge. A more significant issue
concerns the assessment and evaluation of scholarship: It is not the government or
the ruling political party that has the authority to assess and evaluate the quality of
scholarship. This is easy to understand in a system with academic autonomy and
freedom, but it is definitely not natural in contemporary China. In a similar vein,
financial sponsors are also unable to do such assessment
and evaluation.

tatsuoishimura
評価 57
ネイティブ
翻訳 / 日本語
- 2013/05/20 10:46:51に投稿されました
学者は、これが全く取るに足らない問題であるとは言いいません、なぜなら、出典注記は情報源を示し、証拠に基づく議論をさせるだけでなく、知識の蓄積と向上を可能にする知の発展の継続を確実にするものだからです。より重大な問題は、学問の評価と判断に関係するものです。学問の質を評価し判断する権限があるのは、政府や支配政党ではありません。これはアカデミックな自治と自由があるシステムであれば容易に理解できるのですが、現代の中国では決して当然のことではありません。同じように、財政スポンサーも、そのような評価と判断をすることはできません。
[削除済みユーザ]
評価 52
翻訳 / 日本語
- 2013/05/20 10:58:11に投稿されました
学者はこれは純粋に些細な問題であるとは主張しないであろう。なぜなら脚注は情報源を示し証拠に関して主張するばかりではなく、知識の発展と蓄積を可能ならしめる知的発展の継続性を保証するからである。さらに重要な事項は学問の調査および評価に係ることである。学問の質を調査、評価する権威を政府や与党は持っていない。これは学問の自治と自由を持ったシステムでは容易に考えられることであるが、現代中国においてはそれは決して自然なことではない。同じ感覚で、経済的支援者も調査や評価することができない。
mydogkuro11
評価 52
翻訳 / 日本語
- 2013/05/20 10:25:37に投稿されました
学者はこれが単なる些細な問題だとは主張しないだろう。なぜなら参考文献の注釈はただ情報源を表記したり、証拠について議論したりするだけではなく、知識を蓄積・進化させる継続的な知的開発を確かなものにする。さらに重要なのは、研究のアセスメントと評価に関するものである。研究の質に関するアセスメントや評価において権威を持つのは、行政でも政治与党でもない。このことは学問的自律性と自由さを保つシステム内では容易に理解できるが、現代の中国では絶対に考えられない。また同じように、経済的支援者たちもそのような評価や審査の実行を不可能にしている。
★★★★★ 5.0/1

To establish the peer-review system in China is not some form of
“Westernization;” it is rather an urgent step of “localization” and professionalization
of scholarship.
There are many other tasks that should be performed in order to establish the
institutional infrastructures inevitable for the development of scientific research.
Academic journals are among these, and the publication of book reviews by
academic journals must also be accounted for. In this aspect, those norms and
procedures practiced in the English-language academic world have their problems,
but they are definitely better than the practice without consistent academic norms
and procedures as that is observed in today’s China.

tatsuoishimura
評価 57
ネイティブ
翻訳 / 日本語
- 2013/05/20 11:15:13に投稿されました
中国で専門家による評価システムを確立することが、ある種の「西洋化」なのでありません。それはむしろ「ローカリゼーション」の緊急対策であり、学問の専門家なのです。科学研究の発達のためには避けられない、組織のインフラを確立するために実行されなければならない多くの他のタスクがあります。学術誌がこれらの一つですし、学術誌による書評の公表にも説明責任が負われなければなりません。この面では、英語言語のアカデミック世界で行われている基準と手順にも、それなりの問題はありますが、今日の中国で観察される、一貫したアカデミックな基準や手順のないプラクティスよりは間違いなく良いのです。
[削除済みユーザ]
評価 52
翻訳 / 日本語
- 2013/05/20 11:09:54に投稿されました
中国においてピアレビューシステムを導入することは「西欧化」の形態ではない。むしろ専門化とローカリゼーションのための喫緊のステップである。
科学的研究の発展のために不可欠な制度的下部組織構造を構築するために成されなければならない多くの他の仕事がある。
学問的ジャーナルはそのうちの一つであり、学問的ジャーナルによる書評も示されなければならない。この点に関して、英語圏の学問世界にて実施されている規則や手続きは問題を抱えているが、今日中国で見られるような一貫した学問的規則や手続きのない実施に比べればはるかに良い。

All of these are common for any discipline of natural sciences, humanities and
social sciences in industrialized nations, which follow similar academic norms and
ethics. In the Chinese context, however, it seems much easier for natural sciences to do
that, as nobody disputes against those norms and further, research agenda and research
issues calling for indigenization of physics, chemistry, or biology, even though one
may argue that Chinese people are biologically with Chinese characteristics. Even in
humanities, one rarely hears something like “anti-Westernization” of Chinese historical research. The uniqueness of political
studies in today’s China, is the very weak presence of
the study of domestic Chinese politics.

tatsuoishimura
評価 57
ネイティブ
翻訳 / 日本語
- 2013/05/20 11:58:17に投稿されました
これらは全て、先進工業国の自然科学、人文科学と社会科学のどの学科でも一般的であり、みな類似のアカデミックな基準と倫理に従っています。しかし、中国的な文脈では、誰もそれらの基準や、さらには、物理学、化学または生物学の土着化を求める研究課題、研究問題に異議を唱えるものがいないため、自然科学においてずっと簡単なようです。たとえ、中国人には生物学的に中国的な特徴があるといわれるとしても。人文科学においても、中国の歴史研究の「反西洋化」というようなことはほとんど聞かれません。今日の中国の政治的な研究のユニークさは、中国国内政治の研究の存在感が非常に弱いことです。
[削除済みユーザ]
評価 52
翻訳 / 日本語
- 2013/05/20 13:31:39に投稿されました
これらすべては産業が発展した国におけるどんな学問領域、自然科学や人道と社会科学において共通であり、同じ学問的規則と倫理に従う。しかしながら中国語の文脈では、自然科学に対しての方がはるかに容易であるように見える。なぜなら誰もそれらの規則やさらに研究課題、研究事項に対して物理や化学や生物学の自前化を求めることに異議を唱えず、さらには中国人は生物的に中国的特徴を持つ人種であると主張さえする者もいる。人道に関しては中国的歴史研究の「反西欧化」というような言葉はめったに聞かない。今日の中国の政治研究のユニークさは国内の中国政治研究の存在がとても弱いことである。

If localization is necessary for Chinese
political science, isn’t it the most urgent task to focus on Chinese politics, 'local'
politics of China in comparison with foreign and global ones?
Being autonomous and independent, does not signify the exclusion of
external influences. To develop the study of Chinese politics, the students of this
field can learn from sister fields, such as Chinese foreign policy studies in China. In fact, the studies of political sociology and modern Chinese history are able to offer good
examples to the study of Chinese politics. In a similar vein, the resistance to learning
from Western/American studies of Chinese politics will not help improve the
Chinese study of Chinese politics either.

tatsuoishimura
評価 57
ネイティブ
翻訳 / 日本語
- 2013/05/20 13:08:59に投稿されました
中国の政治学のためにローカリゼーションが必要であるとすれば、中国の政治、外国および世界的なものとの比較による中国『ローカル』政治、に注目することが、最も緊急な仕事ではないでしょうか?自律的で独立していることは、外部の影響が排除されるということにはなりません。中国の政治の研究を発展させるためには、この分野の学生は、姉妹分野、例えば中国の外交政策研究、から学ぶことができます。実際、政治社会学と現代中国史の研究は、中国の政治の研究に良い例を提供できます。同じような文脈から、中国の政治の西洋/アメリカでの研究から学ぶことに抵抗したところで、中国での中国政治の研究を改善する役には立ちません。
hiroyuqui38
評価 50
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- 2013/05/20 12:16:19に投稿されました
中国の政治学に現地化が必要なのであれば、一番急を要する仕事は外国や世界の政治
との比較のうえでの’現地の’中国の政治に焦点をあてることが最優先の課題ではないか?
自立し独立していることは、外からの影響を排除することを意味してはいない。
中国の政治の研究を発達させるためには、この分野の学生が姉妹分野、例えば中国での
中国の外交政策の研究などから学ぶことができる。実際、政治社会学や現代中国史の
研究は中国の政治の研究によい例を与えてくれる。同じように、西欧の中国政治の
研究から学ぶことへの抵抗は中国の中国政治の研究を改善する助けとはならないだろう。

Indigenization should not mean antiforeignism;
rather, there are 3 excellent examples demonstrating how foreign
influence enriches political studies in U.S or enlightening how China
may learn from international experience in terms of contributing to political science.
The 1st example is the American response to Tocqueville’s study of American
democracy, which is regarded by the highly indigenized academics on American
politics as an indispensible classic . Another example is the study of peasants:
2 leading American scholars in the regard, have
respectively investigated peasant politics of Southeast Asia, and have made great contributions to comparative politics
through their contending theories, “the moral economy”

tatsuoishimura
評価 57
ネイティブ
翻訳 / 日本語
- 2013/05/20 13:37:41に投稿されました
現地化は、排外主義を意味してはなりません。むしろ、外国の影響がどれほどU. Sの政治研究を豊かにしているかを示している、あるいは政治科学に貢献するという観点から、中国がいかに国際的な経験から学ぶことができるかを教えている3つの優れた例があります。第1の例は、アメリカの民主主義についてのトクビルの研究へのアメリカの反応です。同書は、アメリカの政治の高度に現地化した研究者によって、不可欠な古典と考えられているのです。もう一つの例は、農民の研究です。これについての2人の第一級のアメリカの学者が、東南アジアの農民政策をそれぞれ調査し、彼らの競合的な理論である「道徳的な経済((the moral economy)」)を通して、比較政治学に大きな貢献をしました。
[削除済みユーザ]
評価 52
翻訳 / 日本語
- 2013/05/20 13:17:36に投稿されました
自前化は反外国主義ではない。むしろこれら3つの例はいかに外国の影響がアメリカの政治研究を豊かなものにしているかを実証し、いかに中国が政治科学における貢献という観点で国際的経験から学ぶことができるかを啓蒙している。第一例はアメリカ政治にとって不可欠な古典として高度に自前化されたとみなされるTocquevilleのアメリカ民主主義の研究に対するアメリカ人の反応である。もう一つの例は農民の研究である。2人の顕著なアメリカの学者はそれぞれ東南アジアの農民政治を調査し、「道徳的経済」という理論を導入することにより偉大な貢献をなしている。

As a nation with a long history and the dynamic politics of peasants,
will China contribute some more in this regard? A 3rd example comes from the
study of Latin American politics, which has contributed much to the international
scholarship of comparative political studies, with the theories such as “bureaucratic
authoritarianism” and “dependent development.” Many important findings of these
were achieved and published by Latin American scholars who lived in their home
countries, but they were quickly accepted worldwide. These works were translated
into English and have been widely read in U.S. classrooms of political science. Are
they achievements of anti-Western indigenization of the study of Latin American
politics?

oier9
評価 74
翻訳 / 日本語
- 2013/05/20 12:03:02に投稿されました
長い歴史と百姓のダイナミックな政治形態を持つ国家として、中国はこの点について多少は貢献するだろうか? 3番目の例は、「官僚的権威主義」や「従属的発展」といった理論を持つラテンアメリカ政治の研究(比較政治研究の国際的な奨学に多分に貢献してきた)に由来する。ラテンアメリカの学者がこうした分野における多くの重要な研究結果を成し、発表した。彼らは母国に住んでいたが、すぐに世界中で受け入れられた。こうした著作は英語に翻訳され、アメリカでの政治学の教室で広く読まれている。これらは、ラテンアメリカ政治研究の反西欧思想が浸透した成果といえるか?
[削除済みユーザ]
評価 52
翻訳 / 日本語
- 2013/05/20 11:19:48に投稿されました
長い歴史と農民の力強い政治を持つ国家として中国はこの点に関してさらに貢献できるであろうか。第三の例として「官僚主義的独占主義」と「依存した経済」の様な理論を持つ、比較政治研究の国際的学問分野に多く貢献しているラテンアメリカの政治研究に触れよう。これらから得られる多くの重要な発見は自国に住むラテンアメリカの学者によってなされ、発表されたものであるが、素早く世界に受け入れられている。これらの研究は英語に翻訳されアメリカの政治科学の授業で広く読まれている。彼らはラテンアメリカの研究の反西欧の自前の研究成果を達成するのであろうか。

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